Hiina Kanna

Praxis 

(Deutsch, Englisch, Japanisch)

Steingasse 36/12, 1030 Wien

Individualpsychologie

アドラー個人心理学

当診療所のカウンセリング療法

心理療法の種類

23 anerkannte Methoden

 

一口に心理療法といっても、実はたくさん種類があります。オーストリアでは現在23種もの心理療法が法律で認められています。その中で一番古く、全ての心理療法の元となったのがフロイトの精神分析療法です。フロイトは「潜在意識」を発見し精神医学に革命を起こしたことで有名ですが、彼の時代から現在に至るまで、心理療法はヨーロッパ、アメリカを中心にさまざまな方向に発展・進化を続けています。フロイト派の古典的精神分析療法は、アドラー派、ユング派と分れてゆき、その他日本でも行われている認知行動療法や、ゲシュタルト療法などといった有効な療法が数多く生み出されました。

 

アドラーの個人心理学

Individualpsychologie

 

当クリニックでは個人心理学・Individualpsychologie(アドラー心理学とも呼ばれる)をカウンセリングコンセプトにしています。この療法はフロイトの共同研究者でもあった精神科医で心理学者のアルフレッド・アドラーによって確立された療法で、大きく分けるとフロイトやユングの行った精神分析療法の部類に属します。アドラーの、人生に肯定的で画期的な教えは欧米で広く受け入れられましたが、日本では教育学の一部の分野を除いてはほとんど無名でした。ところが近年急激に注目を集め、2013年にアドラー研究の第一人者である岸見一郎先生の著書「嫌われる勇気-自己啓発の源流『アドラー』の教え」が出版されると100万部を超えるベストセラーとなり一気にアドラーブームが巻き起こりました。

 

アドラーの目的論

Finalität

 

アドラーがフロイト派から独立するまで、精神分析学ではフロイトの原因論(Kausalität)が主流でした。ここでいう原因論とは、人間の感情や行動、そして精神疾患は過去の体験・経験が原因となって作り上げられる、という意味です。例えば、過去のトラウマや辛い経験が原因となって、現在パニック障害を患うようになってしまった、という考えです。ここでアドラーは原因ばかりに注目することに異論を唱え、代わりに目的論(Finalität)を提唱しました。

その目的論とは、人間は必ず何かしらの目的を持って行動する生き物であり、その感情や精神疾患にも全て(無意識の)目的がある、というものです。何か問題(症状)があるときは、何がその問題を引き起こしたのかという原因探しをするだけでなく、「その問題は本来何を目的として生まれたのか」という問いを考える必要があるということです。例えば消極的で女性に話しかけられず、無論恋愛にも縁が無くて悩んでいる男性がいるとします。彼にとってそれは大きな「問題」であり、改善したい「症状」です。そして彼は原因を探ろうとします。「幼いころイジメにあい、トラウマになっているから自分は消極的なんだ」「自分は経済力もないし女性にふりむいてもらえなくて当然だ」など、いろいろと思い浮かびます。しかし、その原因が見つかったところで問題は解決しません。そしてここで多くの場合、人は「過去に○○があったのだから自分は今こうなってしまった。しょうがないことだ。」とあきらめてしまいます

 

しかし目的論の見方は、方向が過去とは逆です。彼は何かの「目的」のために、消極的でいるという「行動」を自分で「選んでいる」と考えるわけです。例えば彼は「女性に積極的にアピールして振られ、傷つくこと」を非常に恐れていて、消極的でいるのはそうなることを避けるという「目的」の為、という仮説がたてられます。引っ込み思案でいる限り、女性と恋愛をすることもありませんから、当然振られて辛い思いをすることもありません。無論これは彼が意識的・意図的にやっていることではなく、多くの場合自分でも気付かないうちに潜在意識のレベルで起こることです。実際意識的レベルでは彼は積極的になれない自分に嫌気がさし、どう改善したら良いかもわからず、本気で悩んでいるのです。

本来の(自分でも気付いていない)目的が「傷つくことから自分を守るため」で、無意識に「女性と関わるのを避ける」ための消極的な行動を自分で「選んで」いるのだとすると、いくら「経済力に欠けるから」という原因を探り当ててその原因を取り除くために給料のいい会社に入ったとしても、消極的で女性に話しかけられないという症状の改善にはつながらず、「稼ぎは良くなったけれど、背が低いからやっぱり僕はモテないんだ」などと別の原因を探すだけになってしまいます。

アドラー的精神分析では、これらの思考・行動パターン・症状が意図する本当の目的を探ることにより、つまりもう変えることのできない過去ではなく、今この瞬間と未来に目を向けること、そして自分が本当に歩きたい道を何物にも左右されずに「自分で」選択するという力を手に入れることで、症状の治療・改善が可能になると考えています。

 

劣等感の肯定 

Minderwertigkeitsgefühl

 

劣等感というとあまりいい響きはしませんが、アドラーはこれを人間のごく自然な感情と捉えており、人間は生まれたときから劣等感にあふれた生き物だといっています。赤ちゃんは一人で何もできません。周りに世話をしてくれる人がいなければ生き延びることさえできません。でも一人では何もできないというその劣等な状況から抜け出す為に、果てしないエネルギーを作り出し、五感を最大限に使って物事を吸収し、目を見張るスピードで日々成長していきます。目の前にある全てを学び取ろうとする赤ちゃんの目は好奇心に溢れ、本当にキラキラ輝いています。これが劣等感克服の最も理想的なプロセスで、それは本来大人になってからも続いていくべきものです。つまり、本来の劣等感とは至って自然で健康な、そしてステップアップの為に重要なエンジンの役目になるのです。

幼少の頃のアドラーは、丈夫で活発な兄に比べ、小さくて病弱、肺炎にかかり死にそうになったことさえもありました。この劣等感、病気への恐れを克服すべく、彼はかなり早い段階で医学の道へ進むことを決意します。おちこぼれだった生徒が猛勉強のすえ有名大学に合格する、いじめられてみんなから馬鹿にされていた子が実業家になり成功する、盲目の子供が音楽に打ち込みピアニストになる・・・など、劣等感を克服しようと思った時、人は想像を絶するような事を成し遂げる力を得るのです。

 

劣等コンプレックス

Minderwertigkeitskomplex

 

原動力になる劣等感に対して、アドラーは劣等コンプレックスというもう一つの言葉を作りました。これは、人間が自分の劣等感を受け入れられなかったり、劣等感の存在自体見ないフリをしたり、劣等感を健康で生産的な方法で克服できなかったときに生まれます。先ほどの消極的で女性にモテない男性の例だと、モテない原因を作り出した(…と自分で勝手に思い込んでいる)暗い過去を呪ったり、背が低い自分を嫌ったり、または成功した友人を妬んだり、することです。つまり状況を変えること、失敗するかもしれないけどそれでも思い切って新しい行動をおこすことへの勇気がなく、いろいろと理由をつけて、今いる場所にとどまったまま、劣等感の克服のチャンスを自分自身で無にしてしまうことです。

劣等感を否定しないこと、目をそらさないこと、受け入れてあげること、そして克服のための勇気を持つこと。これらの点はアドラー心理学によるカウンセリングでの中心的なテーマとなります。